修行は必要か 人生から苦行を無くす方法


修業とは
光の当て方で世界は変わる

愛(源)に聞いてみた事がある。「この世は修行の場でしょうか。」 答えは、「そう思うあなたの心が、世界をそのように創るのだね。」だった。その時は、ずいぶん冷淡な答えだなと思ったものだ。

思い込みが可能性を見えなくする

実際、この世界は大変な事だらけだ。思い通りに行かない事も多い。

これしかない。
仕方が無い。
そう思う事も多いだろう。

自分の頭で考えられる事に縛られていると、未来はひとつしかないように見える。それも、ひどくつまらない未来だ。しかし、同じことを簡単にやれる人もいる。新しい可能性の存在に心を開くと、今まで気づかなかった道が見えてくる。

望んでいる事が起こる

たいていの人は楽をしたいと思うだろう。しかし、そうはいかない事が多い。

なぜかというと、頭では楽をしたいと思いつつ、魂では困難を乗り越える経験をしたいと思っているからだ。魂というのは、深い部分の本心と言い換えてもいい。

それでは、人生がつらい修行にならなくて済む方法について見ていこう。

高い所から観る

地べたを這っているから一段一段越えねばならない。目標が低いと、いくつもの山を登る必要が出てくる。だったら、最初から一番高い所から観てしまおう。空の上から眺めると、自動的に最適なルートが選択されるものだ。

今を生きる

この世界では、思った事が現実になる。だから、人生は修行ではないと思う方が得だ。それでもきつい事はあるだろう。しかし、嫌だ、嫌だと思っていると、同じ所をぐるぐる回る事になる。

現実は、魂の望みが引き寄せている。そんな事は無いと思うかもしれないが、後から考えると、あの経験があったから成長できたと思う事も多いだろう。だから、楽をしたい、逃げたいと思っても、いつまでも同じ壁にぶつかってしまう。むしろ、今をしっかりと生きる事で、最短で進めるようになる。その際、高い所から観ると、越えやすいのは言うまでもない。天からインスピレーションが降ってくるからだ。

成長という概念を変える

向上心がある人は、人生が苦行になりがちだ。修行は、未熟な自分から、段階的に成長する事を意味する。いつまでも自分が未熟だと思うからきついのだ。修行のもう一つの問題点として、他者を見下しやすくなるという面がある。いくら成長しても、その分傲慢になってはプラマイゼロというか、むしろマイナスである。

解決策は、完全な愛から始める事

愛の中に居ると、いつも楽しんでいられる。愛から人を見られるようになる。成長とは、上の段階に行く事ではなく、色んな味を楽しめるようになる事、あるいは、より深く楽しめるようになる事だ。

人生は修行だと考えるよりは、人生は愛だと考えた方がずっと優しい世界を体験できる。

愛の世界をやってみたい方は下記からどうぞ。

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修行は必要か 人生から苦行を無くす方法」への6件のフィードバック

  1. >成長とは、上の段階に行く事ではなく、色んな味を楽しめるようになる事、あるいは、より深く楽しめるようになる事だ。

    考えようによっては「修行」は深く楽しめるものと考えると良いですね。
    体験という考え方も何でも。楽しめる方向にいけたら良いですね。

    1. みのるさん

      楽しめる方向というのがいいですね。大きな愛をみると、自然とそちらに行きそうです。

  2. >光の当て方で世界は変わる

    現実に出会うものをどう見るか、それはとても大切なことですね。
    人生は愛だ、そんな意識を忘れずにいたいです(^^)

  3. >成長とは、上の段階に行く事ではなく、色んな味を楽しめるようになる事、
    >あるいは、より深く楽しめるようになる事だ。
    これいいですね(^^) なるほどと思いました。
    愛から楽しむことが人生を豊かにするのでしょうね。

    1. あやこさん

      愛から、というのが大切なのでしょう。すべて愛から始めるとよさそうですね(^^) 

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