虚しい気持ちが満たされる本来の愛としての行動


虚しい気持ちも愛で満たす美しいカモメ
虚しい気持ちは愛の行動で満たされ、輝く美しさへと昇華します。

虚しい、空っぽな気持ちを満たし、解消できる方法がたったひとつだけあります。 それは、
本来の自分の姿として、
愛として行動すること
です。

本来が何か分からない、愛が分からないと思うかもしれません。

でも、心はどんな時でも愛を知っています。なぜなら心は愛そのものだからです。

虚しさを感じるのは、心が置き去りだから

一所懸命頑張ったのに望んでいた結果に結びつかなかった時など、愛や努力が報われないと感じると虚しさを感じてしまいますね。

虚しい時は何をやっても、周りからどれだけ与えられても気持ちが満たされません。

心の真ん中(中心)に大きな穴がポッカリ空いてスースーしている感じがします。

大切な何かを失ってしまったような、掴めないでいるような気持ち。。。。

それが虚しいという気持ちです。

虚しさ(空しさ)を感じる時というのは、心が置き去りになっている状況です。

心には本来のペースがあります。

医学的には、心拍数や血圧を見るとよく分かります。
一般的成人の場合、正常な脈拍数は50~90bpm、血圧は85/130と言われています。
ストレスを感じている状況では数値がアップダウンします。

数値はあくまでも参考情報ですが、そのアップダウンを見ていると、意識していなくても体は確実にストレスに反応していることが分かります。

そして、自分の意識・認識と体の数値が離れれば離れるほど、心が置き去りになっているようです。

 

虚しさはなぜ

「虚しい」という言葉の意味を確かめるために辞書を引いてみると、こんな説明がありました。

魂や心が抜け去って体だけになっている。命がない。

魂がない。命がない。

それって、もしかして死んでるんじゃ・・・・!?(゜o゜)

そう考えた私は、「ああ、やっぱりそうなんだなあ」と納得してしまいました。

呼吸をして、心臓も鼓動していて体は生きているのに、心は動かない。

「生きる屍」という表現がありますが、
私がかつて虚しさを抱えていた時は、まさにそんな風に感じていました。

体だけが生きていても、生きているという実感が湧かないのです。

この経験から、

心と体が一緒にひとつになって生きることで初めて命になるのだ

と思いました。

虚しさを感じるのは、心と体、そしてそれを支える(活かす)世界のバランスが崩れてしまうからなのですね。

では、どうすれば心と体をひとつにして生きられるのでしょう。
虚しさが解消されるのでしょう。

その答えが、

結果ではなく、原因を生きること

なのだと思います。

結果を生きるとは、
既に起こってしまったことに焦点を当て、それに対して何かをしようとすることです。

それに対し、原因を生きるとは、
「自分は何者で、何のために何をしたいのか」
という根源の目的・願いに焦点を当て、そのために動きます。

もちろん、原因があるので結果があるのですが、
結果に捉われてしまうと
「望まない結果にならないために(防ぐために)~する」
といった、本来の目的・願いではない行動を始めてしまいます。

原因を生きるとは、

本物の愛(源)として生きる

源として生きるために飛び立つ命
命が羽ばたく時、それは源として愛を生きる時。

ということでもあります。

本物の愛とは
すべての根源となっている愛。

何もかもがそこから生まれ
そこに還るようになっています。

根源の愛は、心が帰るべき場所であり、心の家です。

心が帰るべき家を探せないと、あちこちグルグル回り続けて迷子になります。

心が迷子になり、疲れ果ててしまうことで、虚しい気持ちが生じます。

心が根源の愛へと帰り、たっぷりの休息と栄養をとれば、再び動ける元気で満たされます。

寛いで根源の愛と交流すれば、忘れていた目的や願い、夢を思い出すことができます。

そうすれば、虚しさで止まっていた心が再び動き出し、体とひとつになって命を動かしてゆけるのです。

根源の愛を見つけ、愛として行動すると、もれなく素的なおまけがついてきます。

それは、

自分はこんなにも素晴らしい愛である

と気づけることです。

それが、ありのままの姿、本来の姿です。

虚しい気持ちを最高の愛に変換できる、本来の愛の行動をここから始めてみましょう。

SP世界をひとつに http://hitotsu3.jp/

 


聖弥 について

歌う喜びを、ひとつの音楽を、より多くの方と体験したいという願いとともに、聖楽教室(せいがくミュージック)を主宰しております♪

虚しい気持ちが満たされる本来の愛としての行動」への8件のフィードバック

  1. 「素的」 「素晴らしい」 「素」が2つ 素っていいなと
    最近思っていたのでちょっと嬉しかったことです。w

    虚しい気持ちは満たされない寂しさでしょうか・・・
    源の前に素直に立てる真っ直ぐな気持ちをもって
    常に本来の自分を演じられれば(選べれば)いいのですが
    なかなか大変な事もつくってしまいがちですね( ^^) w
    そんな方に、ぜひ試して頂きたい事のご紹介ですね☆彡
    愛は究極です(笑)

  2. あやこさん(^o^)丿

    「素」が最近のお気に入りワードなんですね☆
    私は「素」と聞くと、「素直」の次に、「素材」が思い浮かんでしまいます。
    素材は素でなければ美味しくなれないですよね。
    って、なんて食いしん坊(^_^;)

    > 虚しい気持ちは満たされない寂しさでしょうか・・・

    そうですね、人によるのかもしれませんが、
    自分の場合は虚しい時は感情もなくなって
    寂しいとも思わないですね。

    虚しいのは、空っぽというよりは「分からない」状態のように思います。

    愛が、人生が、命が分からない。

    逆に言えば、分かっている状態がひとつなんだな、と分かったこの時です(*^^)v

  3. 虚しい気持ちというものを振り返りながら、
    心と身体がひとつになって命を動かしていけるということが、
    また改めて強く感じられました(^^)

    「望まない結果にならないために(防ぐために)~する」というところも、
    自分にもありがちな気がしましたが、そういう時は、
    原因よりも結果を意識しすぎているのかな、と振り返ることができました☆

  4. 弘美さん(^o^)丿

    >心と身体がひとつになって命を動かしていけるということが、

    虚しさや苦しさの経験から
    心と身体の仕組みが思い出せるようになっていて、
    命というのは本当に愛(ひとつ)なんだと
    ひとつとして動かしていくものなんだと分かりました。

    私もついつい結果にばかり目をむけてしまいますが(^_^;)、
    こうしてひとつである愛の素晴らしさを感じると、
    前に向き直って、源として生きよう♪ と思い直せます☆彡

  5. 聖弥さんへ

    いつか一緒に歌いたいですね♪
    大きな声で歌う事は殆どないので声帯が弱ってますが(笑)、今なら神様の事をおもい、平和をねがい、心
    に届く歌が歌える様に思います。
    心をひとつにして、歌う事が出来たら…。私の目標?でもあります(笑)。歌は、心をひとつに出来ると思います♪

    1. みさこさん(^o^)丿

      心がある限り歌えますし
      歌うことで体と心をひとつにして表現してゆけば
      自然と声帯も整ってくるでしょうから、
      時を感じられたらいつでもお声掛け下さい☆彡
      思いきり(心から)歌いましょう~~♪
      楽しみにお待ちしております(笑)

  6. 結果に捉われると、過去やこれからの未来に執着してしまいますね。
    今を生きる。原因を生きるということに気づかせてくれてありがとうございます☆彡

  7. TORUさん(^o^)丿

    TORUさんのおっしゃるとおり、
    虚しい時って、これまでやってきたこと(過去)や
    これから先のこと(未来)を考えすぎてしまって、
    素のままの今を創れないでいるのかな、と思います(^^)

    「今」を中心にして、「今」を重ねてゆく生き方(Way of Life)、
    そんな愛としての行動だけが本当に虚しさを満たせるのでしょうね☆彡

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です