無為自然とは 命の本来の在り方について


無為自然とは
自然とは生きている事。命の意味に気づいている事。

無為自然とは何もしない事ではありません。自然とはとてもダイナミックなものです。無為とはウソを捨て、本来の道に還る生き方を指します。

無為自然とは、中国の老子の思想で、ありのままに自然体で生きる事が大切だという考え方です。無為とは何もしない事ではなく、作為が無い、余計なものが無い事を意味します。決めつけや先入観は、しばしば私達の目を曇らせますね。

そして、自然とは、「ありのまま、自分らしい生き方」の事です。

しかし、問題点があります。それは、私達の生き方はそのままでは不自然だという事です。生きていく上で、色んな事を思い込まされますし、歪みを個性だと間違えたりします。だから、自然体になるために、ある程度学ぶ必要があります。

自然とは何もしない事ではない

人もまた生命ですが、細胞にはそれぞれ役割があります。石ころひとつをとっても役割があります。すべて存在するものには意味があります。そうでなければ、この世にわざわざ生まれてくる理由がありません。無為とは、あくまで余計な事をせず、本来の「道(タオ)」に身を委ねるという事です。

私達は、生まれてから余計な事ばかり身につけて、本当の生き方を見失っている状態です。世界を見渡すと不自然な事はたくさんあります。戦争や環境問題もそうですし、病気もそうですね。でも、大切なのは不自然な状態を除く事ではありません。愛という本来の道を思い出せば、自然と分かるようにできています。

だから、生まれてきた意味、宇宙が存在する意味を知る事が大事です。私達は意味も無く存在するのではなく、何もしない事は自然ではありません。世界の存在理由は、目に見えない愛を実体験する事です。そして愛とは、ひとつという事です。最近流行りのラグビーの言葉で言うと「ワンチーム」。それを創造するために生まれてきました。

生きる事は行動する事

座って瞑想する事もステキな事です。しかし、命は静的なものではなく、動的なものです。心臓は鼓動し、血液は全身を巡ります。足は歩くためにあります。

人は意志を持つ存在として、愛を体験するべく行動する事が自然な在り方です。道を知らず、止まっていては、本当の自分に気づく事はありません。愛を体験しようと動く事で、個性が開花します。そして、後天的に作為的に個性だと思い込んでいた歪みは自然と薄れていきます。

それが本当の無為自然な生き方です。

本来の生き方、道に興味のある方は下記からどうぞ。
これは、ただあるだけの道ではなく、歩ける道です。
この二つはまったく次元の異なるものです。
お分かりになる方はお進み下さい。

ひとつの世界を創っちゃおう!


10 thoughts on “無為自然とは 命の本来の在り方について

  1. >人は意志を持つ存在として、愛を体験するべく行動する事が自然な在り方です。

    無為自然という言葉から、本来の生き方が見えてきますね。
    愛を体験するべく行動すること、とても力強く響きました(^^)

    1. 弘美さん

      無為=無の為ではなく、無為=目に見えない愛の為、自分らしく生きるのが無為自然なんでしょうね(^^)

  2. >愛を体験しようと動くことで個性が開花する
    なるほど (^^) 自然の大きさと深さに気づかされますね
    愛はまさしくワンチームの形なのですね☆彡

  3. >無為とは、あくまで余計な事をせず、本来の「道(タオ)」に身を委ねるという事です。

    余裕ある生活の為に蓄える欲求の癖から速く抜けだしワンチームで行動出来ればひとつの世界も夢ではないですね

  4. >あくまで余計な事をせず、本来の「道(タオ)」に身を委ねるという事です。

    生きている目的が分からないと
    余計なことばかりしてしまって無意味な人生になってしまいますが
    それらを捨てて本来の道を歩めると
    喜びのある世界を創造できるのでしょうね。

  5. 無為自然って素的な意味だったんですね!(^^)
    愛を知って愛を体験すればするほど
    いつも自然体で心地いい世界を
    元気に生きれるのだなと思いました(*^^*)

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