退屈だなぁと感じること、あったりするのではないでしょうか。
そこに今回は焦点を当ててみたいと思います(^^)
改めて、退屈とは
【なすべきことがなくて時間をもてあましその状況に嫌気がさしている様、
もしくは実行中の事柄について関心を失い飽きている様、及びその感情である。】
なるほど、そんなイメージですよね(^^;)
今の状況に嫌気がさしていたり、今に集中できていない、
楽しめていない感覚がありますよね。
それが辛くて退屈しのぎで、何かをするということも、
経験があるのではないでしょうか。
「退屈」の由来から
でも、そもそもの「退屈」の由来を調べてみると、ちょっと意外なものでした。
【仏道修行の苦しさや難しさに屈して、仏道を求める心が退いてしまい、
精進し努力する心を失うことを意味しました。
そこから、へこたれて気力が衰えることや、困り果てることといった意味になり、
さらに、現代の意味に転じていったようです。】
そもそも仏教では、修行の厳しさに負け、歩み続ける気力をなくす場合に
「退屈」といって、文字通り、仏道修行に【退き屈する】ことなのですね。
やりたいことがなくて暇なのだ、というより
やりたいことや志はあったのに、それが難しくて努力する心を失ってしまった。
退き屈してしまったのだ、という状態なのですね。
見失っている志に向き合う
私達は、生きていて、なんか暇だなぁとか、退屈だなぁとか思ったりすることも
あるかもしれません。
そして、退屈だからと、退屈しのぎで何かをやったり、暇つぶしをしたりも。
もちろん、それがいいとか悪いとかではないのでしょうが
一見【なすべきことがなくて時間をもてあまして嫌気がさしている】ように見えて
その奥にあるのは、深いメッセージだったりするのかもしれませんね。
「退屈」は、ヒマつぶしで解消させることではなくて
「見失っている志を見つけなさい」と、
伝えてくれているのかもしれないですよね。
もちろん、退屈しのぎで、その時々で何かをやっている間に、
人生はどんどん過ぎていってしまうのも事実なのでしょう。
生まれてくる時にやりたかったこと、どんな目的があったんだろうかと
今一度、立ち返ってみるのも、大切なことかもしれません。
源の目的に還ってみる、
そこから、私達が、もしかしたら「退き屈して」しまったかもしれない志を
また思い出してみませんか。
退屈しているなんて、もったいないと思うかもしれません(^^)
こちらも是非、ご覧くださいね☆
現代の意味でも 由来の意味でも
解消方法は同じかもしれませんね( ^^ )
本来の目的や夢を楽しめると退屈はしなくて済みそうですね
ミラクルさん☆
本当ですね。
本来の目的や夢を楽しむ、
そこに立ち返っていけたらいいのでしょうね(^^)
>「退屈」は、ヒマつぶしで解消させることではなくて
うっ、ぐさっという感じですね(^^;
暇つぶしの合間にここのHPを覗いてみると退屈がふっとびそうですね。
天大さん☆
退屈がふっとぶっていいですね(^^)
ほんと、ちょっとした時間にでも、覗いてみてもらいたいですね☆
退屈だなと思った時は
自分を見つめ直す機会だと思って
軌道修正して行きたいです。
TORUさん☆
なるほど、本当ですね(^^)
軌道修正できる良い機会でもありますね☆
退屈の深い意味に感銘を受けました。
志を持つ事は人生を豊かにするうえで
基本であり大切なことなのだなと
仏教のお話からも感じることが出来るのですね★(*^_^*)
あやこさん☆
退屈が持つ意味が、興味深いと私も感じました。
志を持つことが、本当に人生を豊かにするのでしょうね☆
退屈がきっかけで
人生の目的に気づく道に繋がる☆彡
ここのブログからの新鮮な学びで
退屈が自然に消えそうですね(*^^*)
美和子さん☆
退屈がきっかけって、面白いですよね☆
退屈が自然に消える道が紹介されていますね(^^)
>「見失っている志を見つけなさい」
物事が思うように進まない 退屈ですね(^_^)
ただただ ひたすらに 目的に向かう
忙しくなったりして・・・
みのるさん☆
物事が思うように進まなくても ただひたすらに
目的に向かっていく中で、本来の楽しさがありそうですね(^^)