類は友を呼ぶ 仲間との本来のつながりを見つめて


類は友を呼ぶ
類は友を呼ぶ その意味を見つめてみよう

自分を知るには、自分の周りにいる人を見ればよく分かる
とも言われたりします。

類は友を呼ぶとは、
【気の合う者や似通った者同士は、
自然に寄り集まって仲間を作るものであるということ。】
という意味ですね。

「類は友を呼ぶ」を英語で言うと
Birds of a feather flock together.

直訳すると、「同じ羽をもった鳥が群がる」
つまり、日本語で言う
「類は友を呼ぶ」 にあたることわざのようです(^^)

 

本質的なつながり
大切な想いを分かち合える関係性

成長していく段階において、
同じ学校だったり部活だったり、

はたまた習い事の教室や、職場などでも、
そこには共通の話題があって、共に語り合ったりもしてきたと思う。

その中でも、何となく居心地がいい人、そうでない人、
それはあると思うけど、

でも、またそれはお互いに環境や興味が変わっていくことで、
変化していく関係でもあったと思う。

環境がそれぞれ変わっていっても、
本質的なつながりや大切な想いを分かち合える関係は、
どんなものなのか、それは興味深いものでもあったりした。

そして、最も大切にしたいものが同じであれば、
つまり、生きる目的を同じにできると、
自然に共にあり続けるのかもしれない。

ただそこに集うというのは、共に創造していくということ
それが一番の楽しさを見いだせる気がする。

 

ひとつである愛の表現

先日、読書をしていた時、
根源なる愛の存在というのが、MINAMOTOと表現されていて、
また時代というか面白いなと思ったのですが(^^)

そこでの表現もまたすてきでした。
(「臆病な僕でも勇者になれた7つの教え」旺季志ずか著 より)

【旅の始まりからMINAMOTOに問い続けた答えが閃きとして
湧き上がるのを感じた。

どうして、MINAMOTOは 『分離のゲーム』を始めたのか。
『ひとつ』はバラバラに分かれて、それぞれの身体に入った。

それは競うためでも、違いを見つけ比較するためでもない。
愛を伝えるためだ──。
身体を持つのは、愛を表現するため。(中略)

言葉は伝えるため。
分離したのは助け合うため。

自分ひとりではわからない そのことを。

だから、それぞれが自分だけの才能を授けられたのだ。

その表現を通して、お互いを楽しませられるように。
癒しあえるように。
勇気づけられるように。】

 

これからの時代は、
みんなが同じひとつの愛に還っていくそんなとき。

同じ目的を生きようとする同志が繋がり始め、
共に愛を表現し、お互いを楽しませ、勇気づけられるような
そんな関係もすてきですね。

それは、環境が変わっても、年代や個性も違っていても、
繋がり創造を楽しめる喜びがあるのではないでしょうか(^^)

生まれてきてよかった☆
それは自分一人では決して分からなかった、
体験できなかった感動がそこにはあるのかもしれませんね。

ぜひ、ひとつの愛を
私たちがこうして生きている意味を体験していきたい方、
こちらのページをご覧くださいね!

https://hitotsu3.jp/lp/sekaiwokangaeru/


弘美 について

世界をひとつにする活動に参加しています。 誰もが愛であり、素晴らしい存在であることを実感しながら、楽しく広げていきたいです☆ よろしくお願いします。

14 thoughts on “類は友を呼ぶ 仲間との本来のつながりを見つめて

  1. 「自分一人では決して分からなかった、体験できなかった感動」
    これって、全てが完璧な今を感じる、その感動に似ている気がしますが、仲間と同じタイミングでその感動を共有できたら、楽しいだろうなと思います(^^)
    最後はやっぱり目的に還りますね(笑)

    1. 聖弥さん☆

      完璧な今を感じる、すてきですね!
      みんなで共にひとつの感動を味わう、
      そんな瞬間がとても楽しみです。
      それは、やっぱり目的が大切なんですね♪

  2. >自分を知るには、自分の周りにいる人を見ればよく分かる
    とも言われたりします。

    「類は友を呼ぶ」不思議ですね。
    遠い地方から出て来ていても都会育ちでも気が合う人と合わないような人。

    改めて考えると、それが直感で分るというものも不思議です。
    これは科学では解明出来ないでしょうね。
    何しろその為の測定器が無いのだから。
    しかし、動物や人間の勘等では測定したかのような確率が大中小や十段階などに振り分けが可能ですね。

    1. みのるさん☆

      気が合う、気が合わない、って不思議ですね。
      それは直感で感じていて、そして、自然と集っているのでしょう。
      今後の世界では、またどんな風な繋がりになっていくのか楽しみです☆

  3. 「類は友を呼ぶ」
    自分のボジティブな面、ネガティブな面、
    それぞれが自分を映す鏡だとしたら、
    出会う人はすべて自分が引き寄せたことになりますね。
    そう考えると、ひとつであることを楽しむ為には
    MINAMOTOという愛を体験して行くことが大切なのだなと思いました☆彡

    1. TORUさん☆

      人との出会いは、自分を映す鏡でもあるから、
      引き寄せているということでもあるのですね☆
      私達がひとつである愛を体験していくことによって、
      その映し鏡はどうなっていくのか、そんな見方も興味深いです^^。

  4. 類は友を呼ぶ。呼ぶとは、現れるの意味もあるのかなと思いました。MINAMOTOの本が出てくることが感慨深いです。MINAMOTOという記号はLOVEとして、既成概念を越えて世界共通語になる予感がします。

    1. 天大さん☆

      本は冒険小説のような趣でしたが、神とか愛ではなく、
      MINAMOTOとすることで、また若者も読みやすいような新鮮さも出ていたような気がします。
      MINAMOTO がそのまま世界共通語になっていくのもすてきですね♪

  5. >生まれてきてよかった☆
    >それは自分一人では決して分からなかった、
    > 体験できなかった感動がそこにはあるのかもしれませんね。

    自分以外の人(友)を通じて感動する体験は
    大きな本来の愛の中でより豊かに感動しているように思います☆
    仲間とその喜びを伝えあったり
    同じ目的への楽しい創造の花を咲かせ合う世界が
    イメージできてとても楽しくなりました♪(*^^*)

    1. 美和子さん☆

      >仲間とその喜びを伝えあったり
      >同じ目的への楽しい創造の花を咲かせ合う世界

      本当にわくわくしますね。
      豊かな愛の中で、より具体的にイメージが浮かんでくるようです♪

  6. 私の娘も、たまにはっと驚く事を言います。源にかえしてあげなきゃね。と言って集めたものを、もとに戻していました。
    源と言う言葉をどこで覚えたんだろう?ってビックリしました。

    私のまわりを俯瞰してみよ(*^^*)
    この言葉の使い方変ですかね?(笑)(^-^)v

    1. みさこさん☆

      小さいお子さん、ハッとすることを言ったりしますね^^。
      大切なことをよく分かっているのでしょうね。
      ほんと、身のまわりから気づくことって多いですよね。
      そういえば、先日のTCの後にも、身のまわりでひとつになっていっていることを、より感じていこうという話題もありました。
      そういうことを見逃さない視点は俯瞰に通じるかな^^。

  7. 類は友を呼ぶ
    こうして改めて触れると深いですね

    >環境がそれぞれ変わっていっても、
    >本質的なつながりや大切な想いを分かち合える関係は、
    >どんなものなのか、それは興味深いものでもあったりした。

    >そして、最も大切にしたいものが同じであれば、
    >つまり、生きる目的を同じにできると、
    >自然に共にあり続けるのかもしれない。

    >ただそこに集うというのは、共に創造していくということ
    >それが一番の楽しさを見いだせる気がする。

    ここまで生きることをやってきて
    わたしもずっと興味があったのは弘美さんと同じように
    このことだったのだろうと
    しっくりきました(^^)
    求めていた大きな人生という道でのシンクロニシティ
    嬉しいです☆♪ (*^_^*)
    ありがとう

    1. あやこさん☆

      こちらこそ、シンクロニシティのお話、嬉しく感じます♪
      長年、漠然と抱えていた疑問や想いなどが、なるほどなと腑に落ちて納得できたりするとき、とても喜びを感じますね☆
      この世の苦労の大半が人間関係とか言われたりしますが、でも、目的を同じくできたときに、それは大きな喜びに変わっていくのをこれからの世界で実感していくのかな^^。

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