楽観的と悲観的の違いとは 物事の捉え方を考える


楽観的と悲観的の違いとは
楽観的と悲観的  そして世界の願い

以前、レジリエンスについて記事を書いていたが、
レジリエンスを強化するポイントとしてあげられていたのが「楽観性」もあった。

よく楽観的とか悲観的とか言うけれど、
それって、どんな風な定義で考えられているのか、心理学でも色々と考えられているようで
その点も心に残った。 レジリエンスとは何か 枝廣淳子著

全く同じ出来事に対しても、人によって異なる反応が出てくる。

誰でも何かが起こった時に、「どうしてこうなったか」考えるのだけど、
その重要な要素としてあるのが

・時間的広がり
・影響がおよぶ範囲
・自分化

と考えられるのだとか。

たとえば、

(時間的広がり)
うまくいかない状況の原因は 「ずっとつづくもの」 と考えるのか 「一時的」 なのか

(影響が及ぶ範囲)
あることが起こった時、
「その影響は自分の人生のさまざまな面におよぶだろう」 と考えるのか
「影響は限定的」 と考えるのか。

(自分化)
うまくいかない状況のときに、「すべて自分のせい」 と考えるか、
「他人や状況のせいでもある」と考えるか

 

例としてあったのが、子供が何かに失敗して親に叱られたとして、
悲観志向が強い子は、

【お母さんはいつも僕を怒る。親だけじゃなく、みんなぼくをだめなやつだと思っている。
それはぼくが悪い子どもだからだ。】

と心でつぶやいているかもしれません。

また一方、楽観志向が強いと

【今日は失敗したから怒られちゃった。失敗したのは、やり方がよく分からなかったからだ。
お母さんの機嫌が直るまで、友だちのところに行ってこようかな。】

同じことが起こっても、捉え方はこれぐらい違ってくるとのこと。

確かに、何が起こったかも大事だけど、それに対する捉え方にその人が顕れますね。

 

そして、何か失敗したりして、ショックを受けたり感情的になると、
大人であっても、つい過去の失敗や自分が苦手なことなども全てそこにくっつけてきて、

「やっぱり」自分がダメだからだなとか、「どうせ」こんなものとか
そこで結論づけようとしてしまうこともあると思います。

そうやって心を閉じてしまうような。

でも、少し落ち着いて見つめてみると、自分も至らずこの部分で焦ってしまって
しっかり調べなかったからだなとか、今度は丁寧にやろうとか、

また周りの状況もこんな風だったなとか、客観的に見られる部分もあるでしょう。

色々と具体的に解決策も見つかって、その体験を次に生かせるものになるのでしょう。

そう考えると、悲観的になっている方が、ある意味楽な場合もあって、
楽観的にそこから拾える学びを自分なりに掴んでいくのは、素直さもいるかもしれません。

悲観的、楽観的とはいうけれど、誰でもきっと度合いは違うけど、両面あって、
また、色々な体験を重ね学んでいるのだと感じます。

 

人類が誕生した時に、先に生きる目的を伝えられたといいます。

ひとつの世界を創る。
それさえ大切に生きていければ、それが北極星のようになり、
この世界で迷子になることがない。

そして、大切な愛を体験していける。

時に、悲観的になってしまって、
すべて自分がだめだからだと一括りにしてしまいたい時も、
立ちすくんでしまったり、動けなくなってしまっても、

生きる目的を思い出して、また、色々な体験に感謝をして、
ひとつの未来に向けて歩もうと思える。

そんな宇宙の願いを感じながら☆彡

世界を考える 愛の世界 悟りの世界 喜びの世界!


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世界をひとつにする活動に参加しています。 誰もが愛であり、素晴らしい存在であることを実感しながら、楽しく広げていきたいです☆ よろしくお願いします。

楽観的と悲観的の違いとは 物事の捉え方を考える」への10件のフィードバック

  1. 悲観的になっても辿り着く場所(目的)を思い出せば
    ひとつに還って行けるのでしょうね。
    それはきっと笑いになっているのだと思います(^_^)

    1. TORUさん☆

      色々な体験をしてきた私達がひとつに還っていく。
      笑いって、そんな私達(光)が還り集うようなイメージがしました(^^)

  2. 生きる目的を知っていれば、悲観的、楽観的、どちら側に立っていても、ゴールに向かうことができる。前に進める。大きな流れを安心して泳いで行けるなあ、と思いました(^^)

    1. 聖弥さん☆

      生きる目的を知っている、そこに向かおうとするのは、
      ほんと、大きな流れを泳いでいけるっていうことかもしれないですね(^^)
      流れに沿って、のびのびと。

  3. 人生に於いて悲観的になる程の経験と
    これなら越えられそうという経験で楽観的に考えられる場合がはっきりしている場合は良いが、ぎりぎり悲観的になってしまう場合、傍に誰かが居てくれたり居てくれなかったりでも人生が変わるという見解も生まれました。

    1. みのるさん☆

      そうですね、傍に仲間がいてくれたりしたら心強く、
      また前を見て進める場合も多そうですね。
      そう思うと、生きる目的と仲間は、最高の組み合わせなのかもしれません^^。

  4. いつもひとつ♪
    紫陽花綺ですね.。o○
    本当にどうする事も出来なくて悲観的&猜疑心のかたまりの様な時もありました。でも今は、そんな事も半分以上は(笑)忘れちゃってる。

    不思議ですよね。

    神様、ありがとう。

    1. みさこさん☆

      今、紫陽花がきれいに咲いてますね。
      曇りがちの天気だとしても、ぱっと華やかな雰囲気を醸し出していますね(^^)
      この今、感謝の心で生きる、それが過去も愛にするし、未来に通じるものだなと感じさせてもらいました☆彡

  5. 人の心とは
    「愛がありそこから生まれた」ということを思い出せれば
    楽観的に動けるのですね
    (こちらの記事全体からそれを感じました)
    自分の中に悲観的な面もあることを受け入れながら
    楽観的に行こうと思います(*^_^*)v
    大きく面白い目的を思いながら☆彡

    1. あやこさん☆

      「愛がありそこから生まれた」というのは、いつも思い出していたいことですね♪
      そこにある願いを感じながら、進んでいけたらいいなと思います^^。

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