初心忘るべからず?もう忘れない!初心を生きるという選択


春の野原に咲く綿毛のタンポポ
初心に帰ろう。心が生まれた、あの懐かしい場所へ。

新しい物事や環境に慣れてくると、初心を忘れ、やる気を失ってしまうことが少なくありません。初心忘れるべからずという諺もありますが、初心を分かり、初心に帰ることで、やる気を取り戻すことができます。初心とともに生きてゆく、新たな選択肢をご紹介します。

初心とやる気の深い関係

新年度が始まり約1ヶ月が過ぎました。
新たな環境や体制に慣れてきた人もいれば、馴染めず不調な人、あるいは2年目、3年目で中だるみを感じる人も出てくる頃ではないでしょうか。

「慣れ」というものは、リラックスして本来の自分らしさを発揮できるという良い面もある一方、本来の方向性を見失い、やる気をなくす結果を引き起こしてしまうこともあります。

特に、初めの緊張や気負いが強かった人ほど反動が大きく、やる気が失われてしまうようです。

緊張がほぐれ多少ぼんやりしてしまうのは仕方ないものの、やる気がない状態が長く続くと、本人にとっても、周りにとっても、良い影響は及ぼしません。

今取り組んでいることが大きな夢や志のもとに始めた内容であれば、なおさらです。

大きな夢や志は、わたしたちの今、そして未来をつくる上で大切な役割を果たします。なぜなら、わたしたちの思考や行動はそのために生み出されていくからです。

しかし、夢や志という目的がぼやけてしまうと、向かうべき先が見えなくなり、「今」に集中できなくなってしまいます。

今に集中できなくなると、意義を感じられなくなってしまうため、やる気が低下してしまうのです。

「目的を思い出そう」「夢に向かおう」と脳(アタマ)で考えても、心(気持ち)がその方向へ向かえないと行動するのも難しく、辛くなりますよね。

そんなときは、 最初の気持ち、初心を思い出しましょう。

初心を思い出すとやる気が湧いてくるようになっています。

「初心」と「やる気」には、そんな深い関係があるのです。

 

初心に帰り、やる気を取り戻そう

初心とは何でしょう。

【初心(しょしん)】
1 最初に思い立ったときの純真な気持ち。初志。
2 物事の習い始めであること。また、そのさま。初学。
3 物事に慣れていないこと。世慣れていないこと。また、そのさま。うぶ。
4 仏教で、初めて悟りを求める心を発すること。また、その人。
(出典:デジタル大辞泉)

初心の意味は幾つかあるようですが、どの意味からも「新しさ」や「生まれたて」といった、瑞々しく新鮮なイメージ、まっさらな心の状態がイメージされます。

  • 初心を忘れない
  • 初心に帰る
  • 初心を取り戻す

初心というと、このような表現も馴染み深いですね。

初心に帰る。

それは 心を 心が生まれたところ(大本)へ帰してあげる ことです。

心が生まれた場所へ帰ると、心は落ち着き、ありのままの素直な状態に戻ります。

そして、素直で、まっさらな気持ちで、夢や目的と向き合えるようになります。

そうすると、自然にやる気が湧いてきます。

やる気はこうして取り戻すことができます。

 

「初心忘るべからず」の真意を知る

初心忘るべからず という諺がありますね。

これは、能を大成させた世阿弥(ぜあみ)が、自身の書に記した「三つの初心」を語源としているそうです。

  1. ぜひ初心忘るべからず
  2. 時々の初心忘るべからず
  3. 老後の初心忘るべからず

世阿弥は、これら三つの初心を通じ、

それまで経験したことがないことに対して、自分の未熟さを受け入れながら、その新しい事態に挑戦していく心構えや姿勢

を説いています。

それが 初心忘るべからずの真意 であり、「新しい事態や試練を乗り越えていく考え方」として認識されています。

私はこれまで、「初心忘るべからず(忘れるべからず)」を「初めの心、志を忘れてはならない」という意味だと思っていたのですが、大本の意味・真意は違いました(^^ゞ

世阿弥が説いた「初心」。

その心をシンプルに表すと、 素直さ であり 謙虚さ であり 勇気 になります。

日常を生きる上でも大切な心ですね。この心を忘れずに日々生きたいものです。

 

初心を生きる、という選択

能のような芸の道に限らず、生きることはそれ自体が未知へのチャレンジ(挑戦)です。

チャレンジ(挑戦)を「試練」として受け止めると辛く、苦しくなってしまいますが、「創造」や「出会い」として受け止めると、とても楽しいものになりますね。

人生を「創造」や「出会い」として楽しむには、初心に帰り、大本の目的を思い出すところから始めましょう。

そのためにまず、わたしたちの心が生まれた場所、心の源へ帰ることです

初心を忘れてしまったとしても問題ありません。
思い出せば良いのです。

忘れるのは、再び出会う喜びのため。

初心に帰る道を分かっていれば、いつでもすぐ思い出せます。

忘れても思い出せる。
再び出会える喜びがある。

これまではそうでした。

ところが。

今、わたしたちには

心の源に繋がり、絶えず初心を忘れることなく喜びの中に生きる

という、新たな選択肢が与えられています。

それは、初心を生きる道(生き方) ともいえます。

その道を選択すると、世界は初心のごとく真新しくなります。

新しい世界とは

  • 私たちの心がいつも瑞々しく輝いている世界
  • 初心そのものとして生きている世界
  • 心という愛を忘れずに感じられている世界

です。

新しい選択肢を選びとり、新しい世界を実際につくるのがこちらです(*^_^*) ↓

SP世界をひとつに http://hitotsu3.jp/

 


聖弥 について

歌う喜びを、ひとつの音楽を、より多くの方と体験したいという願いとともに、聖楽教室(せいがくミュージック)を主宰しております♪

初心忘るべからず?もう忘れない!初心を生きるという選択」への10件のフィードバック

  1. 「初心忘るべからず」の真意、実は深いのですね(^^)

    >それまで経験したことがないことに対して、自分の未熟さを受け入れながら、その新しい事態に挑戦していく心構えや姿勢

    ほんと、歳を重ねても、未経験のことに直面して、未熟さを感じながらも、
    何とか進もうとする、ということの繰り返しであるのかも。
    その挑戦を前向きに楽しむにも、心の源に帰ることは大事にしたいなと思いました☆彡

    1. * 弘美さん *

      挑戦を前向きに楽しめるのも、心次第なんですよね。
      心の源があるということ、帰る道を知っているって、幸せだなあ、と改めて思えます(^^)

  2. 初心を生きる道(生き方)が
    いつも新鮮で、ぴゅあな笑顔広がる世界の中
    凛とした前向きな姿勢(意識)で本物を生きる感じがして
    新しい世界の扉が心地よく開きそうだなと思いました(^O^)

    1. * 美和子さん *

      「凛とした前向きな姿勢(意識)で本物を生きる感じ」
      素的な表現に胸を打たれました☆ 初心を生きるという生き方が、新しい世界を創っていくのですよね(^^) 扉が開く時が楽しみです♪

  3. 写真を眺めていると、昔を思い出します。空き地や、草原で自然の花を摘んだり、虫達を追いかけてよく遊んでいました。赤く見えるのは、てんとう虫ですか?自然って本当に愛を感じて癒されますね。
    素直でまっさらな気持ちで、源の神様を想い、共に生きる事を忘れずにいたいと、感謝の気持ちになりました。無償の愛の世界を思い出しました。私の娘にも、初心を忘れないでいて欲しいなと思いました。
    懐かしい場所の様なお母さんを目指そうと思います(笑)。
    余談ですが…。母の日という事で、はじめてお花を母へ送りました。ありがとう。ありがとう。と何度も言われました。私も嬉しかったです。なので、親子のコメントに繋がりました(笑)。

    1. * みさこさん *

      写真に写っている虫、今まで気づきませんでした(^_^;)。もとの画像もぼけているのではっきりと分からないですが、大きさや形からして、てんとう虫ではなさそうな気がします。でも、懐かしい思い出が蘇ったようで、その感覚を共有できて嬉しいです。自然という愛から受け取ることって、ほんと沢山ありますね。

      「懐かしい場所の様なお母さん」 いいですね(笑)。きっと既にそんな存在なのかもしれないですよ(^_-)-☆

      お母様へのプレゼントのお話、私もとても嬉しく思いジーンときました。そういう嬉しさって周りも幸せにするよなあ、って改めて思います。嬉しいニュースをシェアしてくださり、ありがとうございます(^^)

  4. * みのるさん *

    初心の心がよく分かっている方ならではのハイレベルなコメントに、返す言葉もございません(笑) 初心に帰って、精進いたします(*^^)v

    1. * あやこさん *

      良く知っていると思っていた言葉に深い意味があったと気付ける心もまた、初心なのかもしれません(^^) ほんと、心の源に変えてゆきたいですね☆ 

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