「あの世とこの世の話」後編

P1040453re10月13日

富士山5合目付近からの眺望

世界はひとつ、同じ。

良く使われる言葉です。

心をひとつにしようとか、聞いたことがありませんか?

あれと一緒です。

穏やかな気持ちをもって愛の流れを感じながら、

目を瞑ると光が顕れます。

それと一緒です。

光を見ている時、あの世を見ているのと同じです。

世界がひとつだなと感じれば、あの世と一緒です。

世界はバラバラだなと思えば、あの世とは別です。

私達はそういう世界に居合わせています。

そしてSPは、何を始めるかというと、

ひとつだ、ということを始めようとしています。

事実です。

それがあるからこそ、命が生まれています。

そして、ここに私達が存在しているわけです。

なのに、なかなか理解されないのはどうしてでしょう?

黙っているからです。

そして、何もないように生活をしているからです。

愛を考えないで生きているからです。

そして、大きなことを考えないようにしているからです。

みんなそうです。

でも、それは慣れです。

そういう世界に慣れてきてしまった私達がいます。

命はそういう風になって存在し始めてきたからです。

生まれてすぐに、それを選びました。

ひとつではないことを体験しようとして、生まれてきました。

だから、そのように慣れてしまったわけです。

舵を逆方向にとり始めたのが、この瞬間でもあります。

舵を逆方向にとるというのは、意識から成り立ちますね。

あなたには意識があるでしょう?

選択する意味があるでしょう?

おっと、そういう話をすると誤解が生じますが、敢えて言いますが、

ここは世界をひとつにしようとして始めたところです。

それを大前提として話をしています。

私達はその中に生きています。

そしてそれを思い出すという宿命が宿っているのです。

ひとつひとつ限りないことが、その中にあります。

命もそうです。

未来もそうです。

それを体験しているのが、私達の宿命なのです。

それに気付いて笑える者は笑うでしょう。

でも、気付かないのも不思議ではないのです。

気付かないようにすれば、気付かずに終わります。

嫌だなと思って逃げるのが優先になれば、そのように終わります。

何を優先にして、何を優先にしないか、何を後回しにするかで

人生は決まります。

そういう話です。

この地上に生きていて、優先順位を間違って生きていったら

あの世では、あぁ失敗したなと言うでしょう。

そして、もう一回やり直そうと思うでしょう。

だから、輪廻は存在しているのです。

でもこの世で、遣ることは遣って、あの世でのんびりしようという人は、

あの世というものを高いところに置きます。

そして、この地上を見下ろすのです。

そして、早く天国においでと言います。

私達はこの世とあの世は同じだと言いました。

しかし、あの世があるという風に考えていても、おかしくありません。

なぜならば、天国はあなた方のものです。

今、この一生懸命にやっている人達のものです。

あなた方は上の方に行くでしょう。

そして、この地上で「あいつバカだな、早く気付けよ」という風に笑うでしょう。

存在しているとは、そういうことです。

笑っているとは、そういうことです。

気付いたことを遣れるか遣れないかです。

後回しにしていては、終わってしまいます。

ただただ、終わるだけです。

でも、楽しんでいるというのは、終わっていないということです。

だから、楽しみなさい。

どんなことがあっても。

私は分かっていると言って笑いなさい。

気付いていると言って笑いなさい。

どんどんどんどん、ひとつになっているのだ、

ひとつなんじゃないか、という風に叫びなさい。

SPが表現するべきところは、そこだけです。

そして、何もかも同じだという観点で話をしていけば、

やがて人は訪れるでしょう。

あなたと私は同じだ。

そして、同じことを言っているのだ、という風に悟らしめてあげなさい。

それがひとつだということです。